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名古屋地方裁判所 昭和60年(行ウ)16号 判決

愛知県豊橋市花田二番町三六番地

原告

柴田隆治

愛知県豊橋市前田一丁目九番地の四

被告

豊橋税務署長 服部敏幸

右訴訟代理人弁護士

今枝孟

右指定代理人

宮澤俊夫

枝松宏

岩崎恭丈

前川晶

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年七月六日付でした原告の昭和五六年分、昭和五七年分及び昭和五八年分の各所得税の更正並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの、以下同じ。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和五六年分、昭和五七年分及び昭和五八年分(以下、「本件係争年分」という。)の各所得税について、原告のなした確定申告、異議申立て、審査請求、これに対する被告の昭和五九年七月六日付更正(以下、「本件決定」といい、本件更正を併せて「本件課税処分」という。)、異議申立てに対する決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は別表一記載のとおりである。

2  しかし、本件課税処分は、原告の所得を過大に認定した違法があるので、原告はその取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項は争う。

三  被告の主張

1  推計課税の必要性について

(一) 原処分調査時における状況

被告は、原告の所得税調査を行うため、昭和五九年六月二〇日及び昭和五九年六月二一日に、担当職員を原告の事務所に臨場させた。そして、同職員は、原告に対し所得税調査のために臨場した旨を告げたうえで、所得金額の計算に必要な帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、弱い納税者の自己防衛であるとか、被害の未然防止である等何ら合理的でない理由を申し立てるのみで、調査を拒否し、被告の再三にわたる要請にもかかわらず、帳簿書類を提示せず、被告の調査に全く協力しなかつた。そのため、被告は、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を実額により算定することができず、やむなく推計により所得金額を算定し、本件更正を行つたものである。

(二) 異議調査時における状況

原告は、右処分を不服として異議申立てを行つたので、被告は、異議申立ての調査においても再三にわたり帳簿書類等の提示を求めた。しかし、原告は、権限のない人に何を言つても仕方がないとか、裁判で争うつもりである等と申し立てるのみで調査に応じようとしなかつた。

以上のとおり原告は、自ら異議申立てをしながら帳簿に基づく審理を拒否し、原処分時の調査におけると同様、事業所得の収支を明らかにする資料を何ら提示しなかつたため、被告は、やむなく推計により事業所得の金額を算定し、原告の申立てを一部認容する旨の異議決定を行つたものである。

2  原告の総所得金額について

(一) 事業所得の金額

(1) 総収入金額

本件係争各年分における原告の総収入金額は、次のとおりであり、その明細は別表三記載のとおりである。

昭和五六年分 金七一三万五〇〇〇円

昭和五七年分 金七七一万一〇〇〇円

昭和五八年分 金七二三万五〇〇〇円

(2) 一般経費

原告は、前述のとおり調査に非協力であつたため、被告は原告の事業所得に係る一般経費を実額で把握することができなかつた。そこで、被告は、右(1)の総収入金額を基礎として、これに同業者の総収入金額に対する一般経費の割合の平均値(以下、「一般経費率」という。)を乗じて、本件係争各年分の一般経費を算出すると、その金額は次のとおりになる。

なお、右の一般経費率は、資料の正確性を担保するため、別表五記載「同業者の抽出基準」により青色申告の同業者を抽出したうえ、別表六記載のとおり算出したものである。

昭和五六年分 金一七八万三〇三七円

昭和五七年分 金一九〇万七七〇二円

昭和五八年分 金一八三万九八六一円

(3) 建物減価償却費

被告は、原告が昭和五六年ないし昭和五八年において、その所有する事務所用木造建物を事業の用に供していたので、所得税法四九条、同法施行令一二〇条一項及び一二五条一項一号等を適用し、右建物の減価償却費を本件係争各年分とも別表七記載のとおり、金二万一一五五円と計算した。

なお、建物の取得価額については、原告から関係書類等の提示がなく、被告の調査によつても明らかとならなかつたため、右建物の各年の固定資産評価額を、右減価償却費の計算上、取得価額として採用し、また、右建物の事業専用割合は、当該建物の約半分が居宅部分として利用されていることから、五〇パーセントとして算定したものである。

(二) 給与所得の金額

(1) 収入金額

本件係争各年分の収入金額は、次のとおりであり、その明細は別表四記載のとおりである。

昭和五六年分 金六五万六三四六円

昭和五七年分 金六七万一五八四円

昭和五八年分 金六一万四四五三円

(2) 給与所得控除額

本件係争各年分における給与所得控除額は、所得税法二八条三項の規定により算出すると、本件係争各年分とも金五〇万円となる。

3  本件課税処分の適法性について

(一) 本件更正

原告の本件係争各年分の総所得金額は、前記(2(一)項)(1)の総収入金額から、同(2)、(3)の一般経費及び建物減価償却費を控除して算出した事業所得の金額に、前記(2(二)項)(1)の収入金額から同(2)の給与所得控除額を控除して算出した給与所得の金額を加算した左記金額(計算明細は別表二記載のとおり。)であり、本件更正に係る総所得金額(別表一の各異議決定欄の総所得金額の合計欄の金額)は、いずれもその範囲内であるから、本件更正は適法である。

昭和五六年分 金五四八万七一五四円

昭和五七年分 金五九五万三七二七円

昭和五八年分 金五四八万八四三七円

(二) 本件決定

原告の本件係争各年分の更正処分は以上のとおりであるところ、原告は、右の所得税確定申告を過少に行つていたものであり、他に過少申告加算税を課さないとする理由が認められないため、国税通則法六五条一項の規定に基づき、本件更正により納付すべき所得税額に一〇〇分の五を乗じて計算した金額の過少申告加算税の賦課決定処分を行つたものであり、本件決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1項(一)、(二)の事実はいずれも認める。

推計の必要性については争わない

2(一)(1) 被告の主張2項(一)(1)の事実は認める。

(2) 同(2)は否認ないし争う。

(3) 同(3)は否認ないし争う。

(二) 同項(二)(1)、(2)の事実はいずれも認める。

3  被告の主張3項(一)、(二)はいずれも争う。

五  原告の反論

1  原告の所得金額認定の違法について

原告は、期首と期末の資産を比較する資産増減法によつて、その所得額を算出しているところ、本件係争各年度においては常に資産増加を見ぬまま推移しているから、この間は、いわば「食つて通つてきた」だけであり、したがつて、所得金額も生活費の範囲内において認定されるべきである。

また、本件係争各年分とそれ以前の年分とを比較しても、税理士の増加や得意先の喪失などによつて、業績は低下傾向にあるところ、突如、三倍を超える事業所得を認定することは常軌を逸するものであり、本件更正は違法というべきである。

2  昭和五六、五七年分の更正の違法について

被告は、原告の昭和五六、五七年分の納税申告を是認済であつたにもかかわらず、新事実の発見などのやむを得ない事情なくして、単に見解を改めたことを理由に、二、三年前分についても更正をなしているところ、このように、本来、申告の翌年中に更正が可能であるのに怠慢の故にこれをなさず、結果的に納税者に無用な負担をかけることになつたのは違法といわざるをえない。

特に、原告としては、記憶の希薄化や証拠の散逸などによつて訴訟の遂行に支障をきたしており、事実上、裁判を受ける権利を奪われる結果となつている。

3  推計の合理性について

原告は白色申告を選択しているところ、被告は、これとは全く類似性のない青色申告者の同業者の申告額をもつて推計の基礎としているから、本件更正は違法である。

即ち、青色申告者は、不当な手段、方法で偽りの取引内容を記帳し、課税の軽減を図つているから、その申告は正確性を欠いているといわざるをえない。

4  建物の減価償却費について

建物の減価償却費の算定の基礎となる金額は、いわゆる簿価であるところ、被告はこれと全く関係のない固定資産評価額を用いているから、本件更正は違法である。

簿価によつて算出した本件建物の減価償却費は、本件係争各年分とも金三六万円である。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1項は争う。

2  原告の反論2項は争う。

3  原告の反論3項は争う。

推計課税は、実額を把握する資料がないときに、やむを得ず間接的資料により所得を推計するものであるから、推計の方法が合理的であるためには推計の基礎事実が正確に把握されねばならず、そのためには、比準同業者として、資料の正確性が担保されている青色申告者を抽出すべきものである。

4  原告の反論4項は争う。

建物の取得価額については、原告から関係書類等の提示がなく、被告の調査によつても明らかにならなかつたため、各年の固定資産評価額を取得当時の価額とみなして、減価償却費を計算したものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件課税処分の経違について

請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  推計の必要性について

被告の主張1項(一)、(二)の事実はいずれも当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件における推計課税の必要性は、優にこれを認定し得る。

三  推計方法の選択の合理性について

被告は、本件において、原告の本件係争各年分における事業所得の金額を認定するに当たり、原告の右各年分における各総収入金額を反面調査等により実額で把握し、これに、後記のとおり原告の業種、業態に類似する同業者の平均比率(一般経費率)を乗じて原告の各一般経費を推計し、これと建物減価償却費とを右総収入金額から減じて、右各事業所得金額を算出したものであり、右推計方法は、後記認定のとおり、右同業者比率(一般経費率)が合理的なものである以上、原告の所得金額を把握するうえで、合理性を有するものというべきである。

この点に関し、原告は、当該課税年分における期首と期末における資産と債務の各金額を比較し、純資産の増減額を算定し、当該年分における納税者の所得金額を推計する方法である、いわゆる資産増減法を採用すべきである旨主張する(原告の反論1)。しかしながら、右資産増減法は、一般的に、その基礎となる各数値が正確に把握され得るのであれば、相当、確度の高い推計方法といえるが、現実には、被告課税庁において、右推計の基礎となる各数値、例えば、原告の預金高や消費支出額を的確に把握することは困難であるのが通例であることからすれば、被告の採用した同業者比率による推計方法に比較して、より合理的な推計方法であるとはいい難いうえ、本件において、原告は、右資産増減法の基礎となる資料について、何ら具体的な主張、立証をしないのであるから、右推計方法を採用する余地のないことは明らかである。

したがつて、被告の採用した推計方法は合理的なものであり、原告の右主張は、その理由がない。

四  原告の総所得金額について

1  被告の主張2項(一)(1)、同項(二)(1)、(2)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、一般経費(被告の主張2項(一)(2))について検討するに、前述のとおり、本件においては推計課税の必要性が認められるところ、証人加藤寛美の証言及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる乙第一、二号証並びに証人菅沼良安の証言を総合すると、

原告は、豊橋税務署管内において税理士業務を行う者であり、その事務所兼居宅は同管内に所在していること、同人は一人で業務を行つており、使用人等は存在しないこと、別表五記載の基準をすべて充足する税理士は七名存在し、かつ同人らの昭和五六年から昭和五八年までの確定申告書及び青色申告決算書に基づく総収入金額、一般経費(但し、借入金利子割引料、地代家賃、貸倒金、除却損、建物に係る減価償却費を除く。尚、減価償却費の計算が定率法によつて行われている場合には、減価償却費の額は定額法により改算した金額とする。)及び一般経費率の数値は、別表六記載のとおりであること、

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、被告の主張する同業者比率法による推計は、同業者の類似性、資料の正確性、同業者抽出過程の合理性、選定件数の合理性などの存在を肯認できるから、全体として合理的であると判断できるところ、原告の事業による総収入金額に右同業者の一般経費率の平均値を乗じて算出した一般経費の金額は、被告の主張2項(一)(2)のとおりになることが、計数上、明らかである。

この点について、原告は、類似性のない青色申告者の申告額をもつて推計の基礎となしたことは違法であると主張する(原告の反論3項)が、青色申告者は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付けて、これに取引を記録し、かつその書類を保存すべきことが義務づけられており(所得税法一四八条一項、同法施行規則五六条ないし六四条)、税務署長は必要があると認めるときは、右の書類について必要な指示をすることができ(同法一四八条二項)、また、申告の際には、貸借対照表、損益計算書その他所得の金額又は純損失の金額の計算に関する明細書を添付しなければならない(同法一四九条)から、青色申告者の提出する申告書は、一応信用に値するものということができ、したがつて、推計に際しては、その正確性を担保する必要上、特段の事情のない限り、青色申告者の資料を用いるべきであるから、被告の推計は適法であつて、原告の前記主張は採用できない。

3  次に建物減価償却費(被告の主張2項(一)(3))については、いずれも成立について争いのない乙第三号証の一ないし三、前掲菅沼証言及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、その住所地に木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼居宅一棟を所有し、その約半分に相当する店舗(事務所)部分を税理士業務の用に供していることが認められる(これを覆すに足りる証拠はない。)ので、原告の所得金額を算出するには所得税法四九条による減価償却をなす必要があるところ、前記のとおり、原告側からこの点に関する何らの資料の提供を得られなかつた本件においては、固定資産評価額をもつてその取得価額とみなすことが許されると解すべきであり、その金額(前掲乙第三号証の一ないし三によれば、昭和五六年から昭和五八年までは、いずれも金一二〇万五四三一円。)を基に、残存価額(「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」別表第一一によると、取得価額の一〇パーセントに相当する金一二万〇五四三円。)を控除して耐用年数(右省令別表第一により二六年。)で除し、更に事業専用割合(五〇パーセント)を乗ずると、減価償却費は、被告主張の別表七記載のとおり、各年とも金二万一一五五円となる(尚、以上は、所得税法四九条一項、同法施行令一二五条一項に基づき、定額法によつて算出したものである。)。

この点についても原告は、減価償却費は本件係争各年分とも金三六万円であると主張する(原告の反論4項)が、原告にとつて有利であり、かつ支配領域内の事項である減価償却費について、その詳しい算出過程を主張せず、かつ何らの立証もしない以上、前記認定、判断を覆すことはできないと解するのが相当であり、したがつて、原告の右主張は採用できない。

4  以上、1ないし3項を総合すると、原告の本件係争各年分の総所得金額は、被告の主張3項(一)記載のとおりとなり、これは、本件更正に係る総所得金額(別表一の各異議決定欄の総所得金額の合計欄の金額)をいずれも超えることが明らかである。

五  原告の反論2項について

原告の主張は、要するに、新事実の発見などのやむを得ない事情のない限り、二年ないし三年を遡つて増額更正することは許されないというものであるところ、このような限定は国税通則法七〇条一項に付加されておらず、明らかに法文に反する解釈といわざるを得ないから、主張自体失当として排斥を逸れない。

六  結論

以上の次第で、本件更正及びこれを前提とする本件決定はいずれも適法であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤義則 裁判官 高橋利文 裁判官 加藤幸雄)

別表一

課税の経緯

〈省略〉

別表二

総所得金額の計算明細表

〈省略〉

別表三

事業所得に係る収入明細表

〈省略〉

〈省略〉

別表四

給与所得に係る収入明細表

〈省略〉

別表五

同業者の抽出基準

税理士法第一八条(登録)の規定により登録を受けた税理士で同法第二条(税理士の業務)の業務を行う者のうち、次の(一)から(四)のいずれにも該当する者

ただし、弁護士及び公認会計士で税理士の登録を受け、税理士の業務を行う者は除く。

(一) 豊橋税務所管内に税理士事務所を有し、かつ、住所を有する者

(二) 所得税法第一四三条(青色申告)の承認を受けて、所得税の確定申告について、青色申告書を提出している者

ただし、次の各号に該当する者は除く。

イ 年の中途において、開・廃業、休業をした者

ロ 税理士業以外の業種目を兼業している者

ハ 更正又は決定処分が行われた者のうち、〈1〉国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者 〈2〉不服申立て又は訴訟中の者

(三) 各年分において、総収入金額がそれぞれ次の範囲内である者

イ 昭和五六年分は、三、五六七、五〇〇円以上一四、二七〇、〇〇〇円以下

ロ 昭和五七年分は、三、八五五、五〇〇円以上一五、四二二、〇〇〇円以下

ハ 昭和五八年分は、三、六一七、五〇〇円以上一四、四七〇、〇〇〇円以下

(四) 各年分において、使用人を雇用していない者

別表六

一般経費率表

〈省略〉

別表七

建物減価償却費計算表

(昭和56・57・58年分に共通)

〈省略〉

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